まず分かっていること
市のサイトの「東大阪のいまむかし」によると、奈良時代には生駒山のふもとまで入江が入りこみ、「草香江」と呼ばれて万葉集にも出てくるそうです。1704年に大和川が堺のほうへ付け替えられると、古い川の跡で河内木綿が作られるようになりました。おばあちゃんの家に、木綿を織る道具が残っていた方もいるのではないでしょうか。聞いたことのある昔話を教えてください。
みなさんに教えてほしいこと
- 誰からどんな昔話を聞きましたか?
- その話に出てくる場所は今どうなっていますか?
東大阪市のことを、もっと深く、もっと面白く!
※本ページの一部は、AIを活用して作成・編集しています。
みんなはどうしてる?
街おでかけ
まちの物語
今どうなってる?
みんなの疑問
知らないと損!?
お役立ちネタ
注意情報
投稿前にご確認ください
まちナーレは、地域の情報や経験をみんなで共有する場です。投稿前に、次の点をご確認ください。
投稿内容は、読みやすさや個人情報保護のため編集したり、AIで文章を整えたりする場合があります。内容によっては掲載しない場合があります。
「投稿する」を押すことで、利用規約・投稿ルールに同意したものとします。
しげくん2026年9月22日
おばあちゃんに昔の話を聞きたいのですが、今は施設に入っていて、なかなか会いに行けません。
木村2026年9月19日
おばあちゃんの家に、河内木綿の機織りの道具が本当にあったんです!子どもの頃によく触って怒られました
高井田駅界隈の人 sho2026年9月17日
田んぼって言っても、昔はどこでも田んぼやったやろ。東大阪だけの話ちゃうで
弥刀駅界隈の人 ゆうこ2026年9月16日
祖母から、昔は近所に田んぼが広がっていたと聞きました。
この度は意見・体験談をお送りいただきありがとうございます。
ご投稿内容はAIが判断し、掲載いたします。
掲載まで時間がかかる・掲載にならない場合もありますのでご了承ください。
申し訳ございません。メッセージを受け付けることができませんでした。時間をおいてお試しください。
この投稿を通報しますか?
当てはまる理由を選んでください。運営が確認して対応します。通報したことは投稿者には伝わりません。
通報を受け付けました。確認のうえ対応します。
受け付けられませんでした。時間をおいてお試しください。